こんにちは。
尼崎の畳屋のミツローです。
今日は「クレープの日」なんだそうです。
実は毎月9日・19日・29日がクレープの日。
クレープを巻いた断面が数字の「9」に見えることから制定されたそうです。
なるほどと思いましたが、よく考えるとクレープは「巻く」というより、「折りたたむ」という表現の方が近いような気がします。
クレープはパンケーキの一種で、ゆるめの生地を丸い鉄板の上で薄く焼き、クリームや果物などを包んで作ります。
名前の語源は、焼き上がった表面の細かなシワが、ちりめん織物に似ていることから、ラテン語の「crispus(縮れた・シワのある)」が由来となり、フランス語の「クレープ(crêpe)」になったと言われています。
私はクレープが大好きで、食べ歩きをするほどではありませんが、何軒かお気に入りのお店がありました。
残念ながら、その中でも特に好きだったお店は閉店してしまい、最近はすっかりクレープを食べる機会がなくなってしまいました。
そんなクレープの「折りたたむ」というイメージから、今日は畳の語源についてお話ししたいと思います。
洗濯物を畳む。
紙を折り畳む。
普段何気なく使っている「畳む」という言葉。
実はこの動詞こそが、「畳」という名前の由来なのをご存じでしょうか。
「畳」は最初から床一面に敷くものではありませんでした。
畳の始まりは、現在のような床材ではなく、寝具や座布団のように必要な時だけ使う敷物だったのです。
使い終われば片付ける。
つまり「畳んでしまう」ことから、「畳」という名前が付いたと言われています。
今では部屋いっぱいに敷き詰めるものという印象ですが、昔は持ち運びができる特別な敷物だったのです。
現存する最古の畳は、奈良県の東大寺にある正倉院に保管されています。
聖武天皇が使用されたと伝わる「御床畳(ごしょうのたたみ)」です。
何年かに一度開催される正倉院展で展示されることもあり、日本の畳文化の原点を見ることができます。
奈良時代から平安時代にかけて、畳を使えたのは天皇や皇族、貴族など限られた身分の高い人だけでした。
しかも現在のような厚みのある畳ではなく、むしろを何枚も重ねたような形だったと言われています。
当時の畳は、まさに贅沢品だったのです。
室町時代になると、書院造という住宅様式が広まりました。
それまで部分的に使われていた畳が、部屋全体へ敷き詰められるようになります。
現在の和室の原型がこの頃に誕生しました。
とはいえ、この時代でも畳を使えるのは将軍や大名、身分の高い武士など限られた人たちだけ。
一般の人々に畳が普及するのは、もう少し後の江戸時代になります。
畳の生産量が増え、庶民の暮らしにも少しずつ和室が広がっていきました。
江戸時代の少し前から発展した茶道も、畳とは切っても切れない関係があります。
茶道の祖と言われる村田珠光(むらたじゅこう)は、それまで大広間で行われていた茶会を、小さな四畳半の部屋で行う「わび茶」を始めた人物です。
その後、千利休が茶道を大成しました。
利休はさらに二畳や三畳という小さな茶室を作り、「躙口(にじりぐち)」という低い入口を設けました。
武士であっても頭を下げ、刀を外して茶室へ入ることで、身分に関係なく一人の客として向き合う空間を作ったのです。
茶道の作法が整えられる中で、畳の敷き方や座る位置などにも細かな決まりが生まれました。
現在でも和室には畳の敷き方にルールがありますが、その背景には茶道の文化が深く関わっています。
普段何気なく歩いている畳ですが、その歴史をたどると1300年以上前までさかのぼります。
寝具として使われていた時代。
武士や将軍だけが使えた時代。
そして庶民の暮らしへと広がっていった時代。
畳は、日本の暮らしとともに歩んできた伝統文化なのです。
もしご自宅の畳が、青々とした色から茶色へ変わり、毛羽立ちやささくれが気になってきたら、それは畳替えのサインかもしれません。
表替えをするだけでも、お部屋の雰囲気は見違えるほど明るくなります。
い草の香りに包まれた新しい畳は、見た目だけでなく、心まで落ち着かせてくれる日本ならではの空間を作ってくれます。
「うちの畳はまだ使えるかな?」
「表替えと新調はどちらがいいの?」
そんな疑問がありましたら、お気軽にご相談ください。
尼崎で畳替えをご検討の方に、一枚一枚お部屋に合わせて丁寧に仕上げる畳をご提供いたします。